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研究内容

有機薄膜太陽電池

有機薄膜太陽電池

 有機薄膜太陽電池は軽量,フレキシブルで意匠性が高く,塗布プロセスにより安価に作られることが期待され,最近では自然エネルギー利用の観点からも社会的に注目されている.世界中で研究開発競争がますます活発になり,最近,有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率は10%を越えた.この値はアモルファスシリコン太陽電池の変換効率と同等である.この目標値を超えたことにより,有機薄膜太陽電池の実用化へ向けた生産の検討が加速しており,2012 年から2015年の上市に向けて研究開発が続けられている.また,高い耐久性をもつ有機薄膜太陽電池の実現へ向けて,安定な材料や劣化機構の研究も行われている.

 有機薄膜太陽電池において,2種類の有機半導体,すなわち,有機電子供与体(ドナー材料)と有機電子受容体(アクセプター材料)が用いられる.電子供与体としてπ共役系高分子が,電子受容体としてフラーレン誘導体が通常用いられる.また,安定なドナー材料となることを期待して,低分子のπ共役系化合物の検討も行われている.これらの有機半導体材料の高性能化が,有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率の向上に直接的に大きく寄与している.

有機薄膜太陽電池の構成と光電変換メカニズム

 有機薄膜太陽電池には,様々な部材が用いられるが,特に有機半導体が重要である.有機半導体は電気を流す有機材料であり,レーザープリンタの中にある電子写真感光体,有機ELディスプレイに用いられる材料も有機半導体である.有機薄膜太陽電池は塗布法または蒸着法によって作製される.塗布法において,ドナー分子とアクセプター分子を混合した溶液を透明電極基板に塗布して有機薄膜が成膜される.蒸着法においては,ドナー分子とアクセプター分子を別々にまたは共蒸着することにより薄膜を作製する.最後に真空蒸着などで電極を付けて,有機薄膜太陽電池が組み上がる.

 有機薄膜太陽電池の光電変換メカニズムを下図に模式的に示す.有機薄膜太陽電池に光を当てると,主に電子供与体分子が光を吸収して励起され,励起子が生成する.それが電子供与体と電子受容体の界面に移動して,そこで電子供与体から電子受容体に電子が流れて電荷分離状態を形成する.すなわち電子供与体は電子を電子受容体に渡して自身はカチオン(ホール)となるとともに,電子受容体は電子を受け取ってアニオンとなる.ホールが透明電極基板側に,電子がもう一方の電極に流れることにより,外部回路に電流が流れて太陽電池となる.

有機薄膜太陽電池の特性評価

 疑似太陽光照射下,バイアス電圧を変化させながら電流値を測定して得られる電流-電圧曲線(J-Vカーブ)と開放電圧VOC [V],短絡電流密度 JSC [mA/cm2],曲線因子(フィルファクタ)FF [-],エネルギー変換効率(power conversion efficiency)PCE [%]の関係を下図に示す.バイアス電圧をかけないときに得られる電流密度が短絡電流密度である.そこから順方向(電流が流れにくくなる向き)に電圧を印加していき,電流値がゼロになる点の電圧が開放電圧である.ここに至るまでのJ-Vカーブの途中に,電流x電圧の積,すなわち出力電力が最大になる点がある.その点を最大出力点として、最大出力となるときの電流密度と電圧をそれぞれ,Jmax, Vmaxで表す.曲線因子には次の関係がある.

FF = (Jmax x Vmax)/(JSC x VOC)

すなわち,現実の最大出力を理想的な最大出力(JSC x VOC)で割ったものであり,1に近いほうが良い特性となる.エネルギー変換効率は,得られる電気エネルギー(電力)を入射した光のエネルギーで割ったものであるので,照射光のエネルギーをPincとして,次の式が成り立つ.
PCE [%] = {(Jmax x Vmax)/Pinc} x 100
測定において100 mW/cm2の光源をもちいて評価することが多い.その場合,Pincの値は100であるので,次のような単純な式が成り立つ.
PCE [%] = Jmax x Vmax = VOC x JSC x FF

なぜフラーレンは有機薄膜太陽電池のアクセプターとして好適か

 有機合成化学者が有機薄膜太陽電池に用いられる有機半導体の特徴を掴むため,ここではなぜフラーレンが有機薄膜太陽電池のアクセプターとしてよく用いられるかについて解説する.有機π電子共役系はπ電子が豊富である.そのため有機π電子共役系は通常,電子ドナーである.π電子の共役のため分子は平面状になるため,ドナー分子は通常平面型の形状をもつ.π電子共役系が電子を受け入れて収納するためには,π共役系を曲げてπ電子の密度が疎となる部分をつくるか,電子求引基を導入して電子親和力を高める必要がある.フラーレンは曲がって球状に閉じたπ電子共役系をもつことから,最適なアクセプター分子の一つだといえる.実際に高効率な有機薄膜太陽電池にはフラーレン誘導体がアクセプターとして用いられている.

 フラーレンがアクセプターとして好ましい理由は他にもいくつかある.以下に列挙する.1)平面状のドナー分子と球状のフラーレンアクセプター分子はブレンド薄膜において,それぞれが凝集し,ナノサイズの凝集構造を形成する.平らな分子は平らな分子どうしで,丸い分子は丸い分子どうしで集まりやすい性質があるためである.こうしてできるナノサイズの凝集体は,電荷(電子,正孔)の輸送経路を形作る.もしドナーとアクセプターで形状が似ていると均一に混ざりあったり,ドナーとアクセプターのペアの凝集構造を形成しやすくなる.このようなドナーとアクセプターのペアは,電荷の輸送に不利な構造だといえる.2)フラーレンは3次元的なπ電子共役系を有するため,凝集構造において隣の分子とのπ軌道の重なりが起こりやすい.3)フラーレンが電子を受け取ったときに起こる構造変化が少ない.フラーレンが電子を受け取ってできるラジカルアニオンの電荷は,球状のπ電子共役系全体に非局在化され,構造変化が系全体に分散される.また,フラーレンは籠状に閉じた分子であるために,構造変化が小さくなる.構造変化の際に必要となるエネルギーが小さく,エネルギーのロスが小さい.

 

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