Research

研究内容

最近の研究から

カーボンナノチューブ電極を用いた有機薄膜太陽電池セミモジュール

100 mm角のカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池セミモジュールを作製しました。透明電極がITO、裏面電極がカーボンナノチューブ薄膜透明電極です。どちらから光を入れても同じくらいの発電効率を示します。両面とも透明電極であるため、透光性があります。営農型の太陽電池としての利用が期待されます。また、電極が腐食する金属ではなく、化学的に安定なカーボンナノチューブで有るため、耐久性が高いと考えられます。

化学還元による中性リチウム内包フラーレンの合成

リチウムイオン内包フラーレン(Li+@C60)のペロブスカイト太陽電池への応用研究(Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 4607. [DOI: 10.1002/anie.201800816])により,Li+@C60がデバイスで役立つ材料と認識され始めてきた.Li+@C60は高い電子親和力をもち,混ぜるだけでパイ電子共役系有機半導体から電子を奪う酸化力を有することがわかってきた.これを利用し,種々の有機ホール輸送材料に対し,酸素非存在化でもホールドープが可能となる.

一方,我々の次のターゲットは中性のリチウム内包フラーレン(Li@C60)のデバイス応用である.

これまで,Li@C60は電気化学的な手法である電解還元によって得られていた.この方法は,電気化学的な装置を必要とし,電解に用いる電流や電圧の制御や温度の管理の必要があり,慣れた研究者のノウハウを要する状況があった.

この状況を解決するために,我々は,簡便な化学還元の手法により,Li@C60を得る方法を見い出した.すなわち,Li+@C60に対して,市販されていて入手容易で温和な化学的な還元剤であるデカメチルフェロセンを反応させることにより,収率良くLi@C60を合成できることがわかった.

イオン化ポテンシャルが小さく,還元力があるLi@C60は電子をドープするn-ドーパントになると期待される.

ref. H. Okada et al., Carbon 2019, 153, 467. [DOI: 10.1016/j.carbon.2019.07.028]

塗布によるフラーレン電子輸送層の形成

順型(n-i-p)のペロブスカイト太陽電池において電子輸送層としてフラーレンが用いられる場合,通常,ITOやFTOなどの透明電極の上にC60が蒸着され,その上にペロブスカイト層が成膜される.これに対して我々は,フラーレン電子輸送層の塗布による簡便な成膜法を提案している.透明電極基板とペロブスカイト層の間にC60を蒸着するためには,まず基板を蒸着機に入れ,膜厚計を見ながら印加電圧を調整する必要があるため時間がかかるうえ,産業面においては蒸着機のコストもかかる.塗布により成膜することが簡便だが,C60を塗布により成膜すると溶液中でC60が結晶化してしまい,均一な膜が得られない.この問題を回避するため,C60に少量のC70を加えたmix-フラーレンのo-ジクロロベンゼン溶液を用いた.C60:C70の混合比が9:1の溶液をITO上にスピンコートし,低真空下(0.01 MPa),100 ℃で10分間加熱して電子輸送層を成膜した.その上にMAPbI3をペロブスカイト層,spiro-MeOTADをホール輸送層として成膜した.この順型のペロブスカイト太陽電池において,18.0%の変換効率を得た.この値は,同様の素子構成で蒸着C60を電子輸送層として用いた参照素子の変換効率(16.7%)より高く,ヒステリシスもなかった.

 なお,C60:C70の混合比をC60のみ,9:1,1:1,1:9,C70のみと変えたところ,混合比9:1の素子だけ特異的に性能が高かった.様々な混合比のmix-フラーレン膜のUV-visスペクトルを評価したところ,この混合比付近ではC60の固体中の凝集による隣あった分子間のHOMO-LUMO遷移に由来する450 nm付近の吸収が下がっていた.この結果から,C70を少量混ぜることでC60間の分子間相互作用が抑制され,均質な膜が得られたものと考えられる.また,100 ℃の熱アニール,200 ℃の熱アニール,減圧下での100 ℃の熱アニールを検討したところ,一番後者が最も高い特性を与えた.これは,o-ジクロロベンゼン溶液が除去される際に,C60が結晶化されないためだと考えている.

ref. H.-S. Lin et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 2018, 10, 39590.[ DOI: 10.1021/acsami.8b11049] (Selected as a Cover Art)

Nafionによる単層カーボンナノチューブ薄膜電極の高機能化

先に紹介したMoOxドーピングは効果的で安定的だが,MoO3の真空蒸着と高温の熱アニーリングが必要となるという大きな短所があった.真空での熱蒸着法は真空のための特殊装置が必要で設置費はもちろん,大面積化に対しても制限的である.加えて,熱アニーリングに耐えるプラスチック基板に限定されるので,フレキシブル応用の観点からは完全ではない.したがって塗布プロセスが可能なドーパントが好まれるが,酸性のドーパントは安全性に問題があり,かつ,ドーピング効果の寿命が短い.我々はこれに対する解決策として,酸性のポリマーをカーボンナノチューブへのドーパントとして適用し,カーボンナノチューブ電極を用いた有機薄膜太陽電池における最高のエネルギー変換効率を更新した.ポリマー酸となるナフィオン(Nafion)は,従来の酸性ドーパントと違い分子量が大きいので揮発せず,ポリマー主鎖がカーボンナノチューブに巻き付きカーボンナノチューブとの親和性が良い.このため,p-ドーピングされたカーボンナノチューブ薄膜が安定的に維持される.また,Nafionの酸性と化学反応性は低いため人体への影響は低く,極限環境でも安定性を維持する.

 信頼性のおける安定性評価のため我々はPBTZT-stat-BDTT-8という安定な電子ドナーを活性層に用い,インジウムフリー有機薄膜太陽電池を作製した.Nafionドーピングを適用したカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池は8.0%の高いエネルギー変換効率を示し,2ヵ月後7.0%まで維持した.一方で,従来の酸性ドーピングを使用したカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池の場合では,変換効率が同じ時間で半分近くに減少した.興味深いことに,ITO透明電極を使用し同じ電子ドナーを用いた参照素子では,デバイス作製直後9%の変換効率を示したが,2ヵ月後ではNafionドーピングを適用したカーボンナノチューブ透明電極を用いた素子より変換効率が低くなった.この理由として,酸性のPEDOT:PSSがITOをエッチングしてイオンマイグレーションがおき,それによりITOを用いた有機薄膜太陽電池の効率が落ちたと考えている.

先に紹介したMoOxドーピングは効果的で安定的だが,MoO3の真空蒸着と高温の熱アニーリングが必要となるという大きな短所があった.真空での熱蒸着法は真空のための特殊装置が必要で設置費はもちろん,大面積化に対しても制限的である.加えて,熱アニーリングに耐えるプラスチック基板に限定されるので,フレキシブル応用の観点からは完全ではない.したがって塗布プロセスが可能なドーパントが好まれるが,酸性のドーパントは安全性に問題があり,かつ,ドーピング効果の寿命が短い.我々はこれに対する解決策として,酸性のポリマーをカーボンナノチューブへのドーパントとして適用し,カーボンナノチューブ電極を用いた有機薄膜太陽電池における最高のエネルギー変換効率を更新した.ポリマー酸となるナフィオン(Nafion)は,従来の酸性ドーパントと違い分子量が大きいので揮発せず,ポリマー主鎖がカーボンナノチューブに巻き付きカーボンナノチューブとの親和性が良い.このため,p-ドーピングされたカーボンナノチューブ薄膜が安定的に維持される.また,Nafionの酸性と化学反応性は低いため人体への影響は低く,極限環境でも安定性を維持する.

ref. Il Jeon et al., J. Mater. Chem. A 2018, 6, 14553. [DOI: 10.1039/C8TA03383H] (Selected as 2018 Journal of Materials Chemistry A HOT Papers)

フルオレニリデン-アクリダンの基底状態メカノクロミズム

押すなどの機械的な外部刺激により色を変化させる材料はメカノクロミック材料と呼ばれ、センサーやスイッチなどに応用可能な新しい機能材料として興味がもたれている.機械的刺激により発光色を変える材料はこれまでに多くあったが、吸収色を大きく変える物質はあまり存在しなかった.本研究では,機械的刺激により見た目の色(吸収色)を大きく変える物質を合成することに成功し,この基底状態のメカノクロミズムの機序を明らかにした.

 ジアゾフルオレンとチオアクリダンのBarton-Kellogg反応を鍵として,フルオレニリデン-アクリダンを合成した.フルオレニリデン-アクリダンは結晶状態では薄い黄色であるが,結晶を砕いて粉にすると濃い緑色に変化した.これは通常の有機分子の結晶を砕くと色がやや薄くなることと逆の現象となる.フルオレニリデン-アクリダンのドラスティックな色の変化は,機械的刺激による結晶性の変化に起因する,分子の配座(コンフォメーション)変化により起こる.フルオレニリデン-アクリダンは,溶液中では折れ曲がり型の配座(folded conformer)とねじれ型の配座(twisted conformer)で存在する.微結晶中固体においては,フルオレニリデン-アクリダンはpacking forceにより折れ曲がり型の配座をとる.これをすりつぶしてアモルファス固体にすると,packing forceが解けてねじれ型配座をとるようになり,電荷移動吸収により濃い色を呈するようになる.また,このねじれ型配座で,固体薄膜中の電子移動度とホール移動度が向上する.また,溶媒蒸気にさらすことにより,元の黄色い粉に戻る.

 この現象の鍵は、機械的応力というマクロな力を、結晶性の変化を通して分子のコンフォメーション変化というミクロな変化につなげたことにある.また,このコンフォメーション変化で電荷移動吸収をQN/OFFしていることで,色の劇的な変化がみられる.この分子は機械的刺激という入力情報を、見た目の色と電気特性の変化という2つの出力情報に変換できるため、色が変わるタッチパネルや光学的および電気的出力で検出する応力センサーなど、新しい有機電子素子に応用される機能材料となることが期待される.

ref. T. Suzuki et al., Chem. Sci. 2018, 9, 475. [DOI: 10.1039/c7sc03567e] (Open Access)

両面カーボンナノチューブ電極の太陽電池

太陽のエネルギーを電力へ直接変換する太陽電池は,環境を汚染しないクリーンなエネルギー源として今世紀注目が高まっている.なかでも材料開発により高効率化が進み,安価に製造されることが期待される有機系太陽電池は,近年ますます研究が盛んになっている.シリコンの太陽電池と同等のエネルギー変換効率を示すペロブスカイト太陽電池も,有機系太陽電池のひとつである.本研究では,従来用いていた金属や金属酸化物の電極を用いず,上下2つの電極ともカーボンナノチューブ薄膜を用いたペロブスカイト太陽電池を開発することに成功した.これまで正孔を捕集するカーボンナノチューブ電極は知られていたが,今回,フラーレン誘導体をカーボンナノチューブのネットワークに浸透させることにより,初めて電子を捕集するカーボンナノチューブ電極をつくることに成功した.

 この新しい太陽電池の作製手順は以下の通りである.基板に転写されたカーボンナノチューブ薄膜にポリチオフェン(P3HT)溶液が塗布され,アノードとなるポリチオフェンが巻き付いたカーボンナノチューブが形成される.次いでホール輸送材料(PEDOT:PSS),ペロブスカイト層が塗布される.最後にカーボンナノチューブ薄膜が再び転写され,そこにフラーレン誘導体を浸透させることによりカソードが形成される.この太陽電池の作製に真空プロセスを必要としないため,将来的に太陽電池の製造コストを下げる技術につながることが期待される.

ref. I. Jeon et al., J. Phys. Chem. C 2017, 121, 25743. [DOI: 10.1021/acs.jpcc.7b10334]

カーボンナノチューブ vs グラフェン? どちらが太陽電池の透明電極として適しているか

ペロブスカイト太陽電池のbottom electrodeとして,カーボンナノチューブ薄膜とグラフェンのどちらの透明電極が優れているかを議論した.比較にあたり,プラットフォームを揃える必要があるが,高温プロセスを必要としない逆型(p-i-n型)ペロブスカイト太陽電池とし,ナノカーボン電極に対するドーパントとして酸化モリブデン(MoO3)を用いた.エネルギー変換効率としてはグラフェンを用いた太陽電池のほうが優れており,これはグラフェンの高い光の透過率の由来して,短絡電流密度が高いためであることがわかった.折り曲げテストに対しては,カーボンナノチューブ電極を用いた太陽電池のほうが耐性が高かった.これは太陽電池を折り曲げたとき,グラフェンではgrain boundaryにおいて歪みがかかり欠陥が生じるのに対し,カーボンナノチューブネットワークでは,そうした歪みに強いからである.

 ラマンDバンドは面内を横断するフォノンとgrain boundaryで散乱されたフォノンの相関により生じ,grain boundaryの情報を与える.Gバンドはgrain内とgrain boundaryの両方の歪みに影響される.Gバンドおよび2Dバンドのシフトは,グラフェンを曲げたときのほうがカーボンナノチューブ薄膜を曲げたときより大きかった.これはカーボンナノチューブ薄膜のほうが曲げに対して欠陥を与えにくいことを示唆している.また,ラマンマッピングによりカーボンナノチューブ薄膜とグラフェンの曲げの前後のboudary defectを観測したところ,グラフェンのほうが曲げに対する影響がやや大きいものの,鋭敏な変化はなかった.これはITOを電極としたペロブスカイト太陽電池の曲げではITOへの曲げの影響が一番大きいが,ナノカーボン電極を用いたペロブスカイト太陽電池ではナノカーボン電極に対する曲げの影響はそれほど大きくなく,むしろペロブスカイト層のほうが大きく影響されることを示している.

ref. I. Jeon et al., J. Phys. Chem. Lett. 2017, 8, 5395−5401. [DOI: 10.1021/acs.jpclett.7b02229]

 

長波長光を吸収するマグネシウムポルフィリン電子ドナー

ポリマー電子ドナーとフラーレン電子アクセプターを用いたバルクヘテロ接合(BHJ)有機薄膜太陽電池は,塗布により成膜され,現在でも主流をなす有機系太陽電池である.ポリマー電子ドナーの代わりに低分子ドナー材料を用いることも,最近注目されている.低分子ドナー材料は,ポリマードナー材料に比べて合成や精製が簡単であることや,ロット間の性能のばらつきが少ないなどの長所が存在する.低分子ドナー材料として,フタロシアニンやジケトピロロピロール(DPP),オリゴチオフェン,ポルフィリンなど様々な骨格の化合物が検討されている.なかでもポルフィリン骨格は光合成のメカニズムに代表されるように自然界にも存在し,その構造修飾の多様性や高い耐光性,優れた吸光収率から有機太陽電池材料としての期待が持たれている.

 マグネシウムポルフィリン骨格に2つのDPPユニットをトランス型でエチニル架橋させたマグネシウムポルフィリン錯体を合成した.DPPはその優れた光学特性から顔料やインクとして用いられているほか,可視光領域の波長を幅広く吸収することから有機太陽電池への応用も取り組まれている.この自然界の葉緑素にならったマグネシウムポルフィリン電子ドナーは,フラーレン誘導体と混合した低分子塗布型有機薄膜太陽電池において,5.7%の変換効率を示した.1200 nmまでの光吸収があり,1100 nmまでの長波長光領域で光電変換が可能である.素子の色はマットな灰色で,これは建材用途に適する色である.

ref. K. Ogumi and T. Nakagawa et al., J. Mater. Chem. A 2017, 5, 23067. [DOI: 10.1039/C7TA07576F]

フラーレン(5,6)付加体のX線結晶構造解析

フラーレン(C60)はサッカーボール型の分子であり,その60個の炭素ー炭素結合は,30個の一重結合,30個の二重結合からなる.フラーレンに1つの有機分子が付加したフラーレン誘導体において,一重結合に付加したものと二重結合に付加したものの二種類がある.一重結合はフラーレンの五員環と六員環の間にあるので,前者を(5,6)付加体といい,二重結合は2つの六員環の間に存在するので,後者を(6,6)付加体という.(6,6)付加体のほうが熱力学的に安定で,(5,6)付加体は,例えば有機薄膜太陽電池の電子アクセプターとして用いられるPCBMの合成における速度論的生成物で合成中間体として知られている.(5,6)付加体の加熱により,(6,6)付加体に異性化する.(5,6)付加体は熱的に準安定なので,そのX線結晶構造解析はなされていなかった.

 リチウムイオン内包フラーレン([Li+@C60]TFSI–)の誘導体の高い結晶性により,C60の(5,6)付加体の単結晶X線結晶構造解析に初めて成功した.一重結合に反応することにより,その結合は解裂し,C60のopen-cage構造となる.また,二重結合の数はそのままなので,C60の60π電子共役系はほぼ保持される.(5,6)付加体の結晶構造を得たことで,これまであまり行われていなかった(5,6)付加体の物性研究にも興味がもたれると期待される.

ref. H. Okada et al., J. Org. Chem. 2017, 82, 5868. [DOI: 10.1021/acs.joc.7b00730]

アミノエタノールで保護した酸化亜鉛ナノ粒子を用いた逆型有機薄膜太陽電池

酸化亜鉛は有機薄膜太陽電池やペロブスカイト太陽電池において,light soaking effectの少ない電子捕集層や電子輸送層として,透明電極と有機発電層の間に使われる.酸化亜鉛薄膜を得る方法は主に2つある.酢酸亜鉛を配位子と共に透明電極基板上に塗布し,210℃程度に加熱して酸化亜鉛薄膜を得るゾルゲル法と,保護剤で被覆された酸化亜鉛ナノ粒子を基板に塗布し,加熱して保護剤を取り除く方法である.後者の場合,保護剤としてポリビニルピロリドンなどのポリマーや,ジエチレングリコール(沸点244℃)などの低分子化合物が用いられてきた.ジエチレングリコールよりサイズが小さく沸点が低い2-アミノエタノール(エタノールアミン,沸点170℃)を保護剤として用いて酸化亜鉛ナノ粒子を作製した.2-アミノエタノール中,酢酸亜鉛を加熱還流することにより,平均直径が小さく(2.5 nm)で比較的サイズがそろった酸化亜鉛ナノ粒子が得られた.2-アミノエタノールは保護剤であり,かつ溶媒でもあるため,酸化亜鉛ナノ粒子の沈殿が起こらず,安定で長期保存に適する.酸化亜鉛ナノ粒子の2-アミノエタノール溶液は大気下で成膜に用いることができる.塗布した後の基板加熱は不要である.室温で乾燥後,後に続く有機発電層の塗布に用いることができる.

ref. I. Jeon et al., J. Mater. Chem. A 2014, 2, 18754. [DOI: 10.1039/C4TA04595E] (Open Access)

 

赤外領域に電子遷移による吸収を示すテトラセン三核パラジウム錯体

2つのテトラセンイミドジスルフィド(TIDS)配位子を3つのパラジウムで架橋した錯体を合成した.TIDSの拡張されたπ電子共役系は,中心の3つのパラジウム原子によりさらにπ電子共役系が拡張され,赤外領域に電子遷移による吸収をもつ錯体が得られるに至った.溶液中,薄膜中の極大吸収波長は,それぞれ1,982 nm,2,500 nmである.量子化学計算の結果,この赤外領域の光吸収はπ-π*のHOMO–LUMO遷移に帰属された.HOMO,LUMO軌道は二つのTIDSを含む分子全体に非局在化し,巨大なπ共役系が形成されていることが明らかとなった.この有機金属π電子共役系化合物では,2つのTIDSのπ電子共役系がパラジウム原子によりparallelにnon-coplanarに接続されている.金属を介したπ電子系の構築や拡張に新しい概念を提供すると期待される.

ref. T. Suzuki et al., Chem. Sci. 2014, 5, 4888. [DOI: 10.1039/C4SC02018A] (Open Access)

ディールス・アルダー反応の電子的効果のみを切り分けて反応性を議論

ディールス・アルダー[4 + 2]環化付加反応はほぼ1世紀前に発見されたにも関わらず,現代の合成化学においても工業的にも広く用いられている.ディールス・アルダー反応では,ジエンのHOMOとジエノフィルのLUMOが反応に関与するペリ環状反応である.ジエンを電子豊富としてHOMO準位を下げるか,ジエノフィルに電子求引基を導入してLUMO準位を上げることにより,反応が加速する.また,ジエノフィルに導入にしたヘテロ原子を配位部位として,ルイス酸触媒を加えてLUMO準位をさらに下げ,反応を加速する.しかしながら,配位部位の導入や,ルイス酸触媒の配位は,立体的効果をもたらし,ルイス酸触媒による電子的効果のみを分離して議論することはできなかった.我々は,フラーレンの内部の空間に陽イオンであるリチウムイオンを導入することによるディールス・アルダー反応の加速効果を調べた.空のフラーレンとリチウムイオン内包フラーレンは同じ外形と体積をもち,立体的効果に差はない.リチウムイオンが含まれることで,フラーレンのLUMO準位が下がり,ディールス・アルダー反応が2400倍加速されることがわかった.リチウムイオンが遷移状態と生成物のエネルギーを低下させることを速度論的研究および理論計算によって明らかにした.(大阪大学,名古屋市立大学との共同研究;下記,「リチウムイオン内包フラーレンに対する高効率Diels-Alder反応」(Org. Lett. 2013, 15, 4466.)に関連記事)

ref. H. Ueno et al., J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 11162.

 

白金TIDS錯体による長波長光吸収

テトラセンイミドジスルフィド(TIDS)は,テトラセン母核にLUMOを下げるための電子求引性のイミド基,HOMOを上げるための電子供与性のジスルフィド基をもち,狭HOMO-LUMOギャップに由来する長波長光吸収特性(850 nm)を示す.今回,遷移金属を用いたπ電子共役系の拡張を行うべく,TIDS遷移金属錯体の合成を検討した.遷移金属として白金を用いた場合,ジスルフィド結合が白金に酸化的付加したジチオラト錯体が生成し,テトラセンのπ軌道と金属のd軌道が混成してπ電子が非局在化した拡張π共役系の構築と赤外方向にシフトした長波長光吸収(950 nm)を確認した.白金の重原子効果により,このπ共役系の励起状態は三重項励起状態であり,800 nmから1200 nmにわたる近赤外での広い範囲での発光(寿命0.18–0.28 マイクロ秒,量子収率2–3%)を観測した.

ref. T. Nakagawa et al., Chem. Commun. 2013, 49, 10394

リチウムイオン内包フラーレンに対する高効率Diels-Alder反応

フラーレンは,深いLUMO準位を持つためDiels–Alder反応における良いジエノフィルである.[Li+@C60]は,さらに深いLUMOをもち,高効率なDiels–Alder反応をおこすことが期待される.[Li+@C60]PF6–と1当量のシクロペンタジエン(CpH)との反応は即座に進行し,シクロペンタジエンのモノ付加体([Li+@C60(CpH)]PF6–)およびビス付加体を与えた.[Li+@C60]PF6–とC60の反応性の比較を行った.[Li+@C60]ではおよそ15秒で平衡に達するのに対し,C60では5分経過してもまだ平衡には達していないことがわかった.また,生成系において,Li+を内包した系では [Li+@C60(CpH)]PF6–が主生成物であるのに対し,内包していない系では,ほとんどのC60が反応していないことがわかった.これらの結果は,[Li+@C60]のDiels–Alder反応はC60のそれと比較して,速度論的にも熱力学的にも優位であることを示している.[Li+@C60]のDiels–Alder反応平衡定数(K)を見積もったところ,K > 1.6 x 105 M–1であることがわかった.空のC60についてはK ≈ 1.5 x 102 M–1と見積もられ,平衡定数は約1000倍高いことがわかった.

ref. H. Kawakami et al., Org. Lett. 2013, 15, 4466.

 

スパッタ法によるアナターゼ酸化チタン薄膜の電子捕集層としての利用

これまで,逆型有機薄膜太陽電池の電子捕集層としては,ゾルゲル法や化学浴堆積法で成膜する酸化チタン薄膜が主に用いられてきた.この酸化チタン薄膜は,アモルファスであり,チタンの酸化度も十分ではない.高い電子移動度をもち,酸化度の高い酸化チタン薄膜を形成する手段として,スパッタ法に着目した.スパッタ法は大面積に適用可能であり,実施が容易であり,実用的な成膜手段である.スパッタにより成膜した酸化チタンTiO2はアモルファスであり,ここからの結晶化に350℃以上高い温度が必要とされ,ITO透明電極の耐久性を超える温度であるため問題であった.スパッタ法および真空アニールにより,結晶性のアナターゼ酸化チタン薄膜をITO上に形成することに成功した.それを電子捕集層として逆型有機薄膜太陽電池に用いた素子において,高い短絡電流密度を得ることに成功した.高い電流が得られたのは,アナターゼ酸化チタンの高い電子移動度のためだと考えている.この研究は,化学専攻・固体化学研究室との共同研究により行った.スパッタ法では,条件を制御することにより薄膜物性やモルフォロジを変えることが容易であるため,有機π共役系半導体と無機酸化物半導体を用いた有機無機ハイブリッド太陽電池の研究の足掛かりとなると考えている.

ref. K. S. Yeo, et al., Org. Electron. 2013, 14, 1715.

[DOI: 10.1016/j.orgel.2013.04.007]

フラーレンコバルト錯体によるメチル基の三重C-H結合活性化

ボウル型の空孔をもつ五重付加型フラーレン配位子の内部に構築したコバルトトリスルフィド(CoS3)は,4員環芳香族性部位であり,6π芳香族系による安定化と4員環の歪みに由来する反応性を併せもつ.五重付加型フラーレン-コバルトトリスルフィド錯体Co(C60Ar5)S3 (Ar = C6H4-tBu-4など) は,五硫化二リン存在下,140 °C度でp-キシレンやトルエンと反応し,これらのメチル基のC–H結合を三重に活性化し,5員環のメタラサイクルをもつ錯体(トリチオペルオキソベンゾエート錯体)Co(C60Ar5)S3CAr’ (Ar’ = C6H4-Me-4など) を与えることを見いだした.得られたトリチオペルオキソベンゾエート錯体は,中心金属に常磁性の2価のコバルトをもち,五重付加型フラーレン遷移金属錯体としては初めての安定な常磁性錯体である.また,時間分解光物性測定により,フェムト秒パルス光照射下,Co(II)からフラーレン部位への分子内光誘起電荷分離が起こり,Co(III)とフラーレンのラジカルアニオンからなる分子内電荷分離状態へ至ることを明らかにした.

ref. M. Maruyama, et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 53, 3015.

[DOI: 10.1002/anie.201209046]

チエノ架橋ポルフィリン誘導体

ポルフィリンのmeso位とβ位をエチレンやオルトフェニレンで架橋したπ共役系拡張ポルフィリン(図a)は,近赤外光吸収などの特異な物性をもつことが知られ,興味の対象となっていた.しかしながら,その特異な物性がどのような理由でもたらされるのか,必ずしも明確になっていなかった.我々は,チオフェンの2,3位(図b),3,4位(図c)で架橋した2,3-チエノ架橋ポルフィリンと3,4-チエノ架橋ポルフィリンをそれぞれ合成することにより,その特異な物性の理由を詳細に調べた.

 Anisotropy of the Induced Current Density (AICD) 計算,Nucleus Independent Chemical Shift (NICS) 計算,X線結晶構造解析,NMR測定,UV-vis-NIR光吸収測定,電気化学特性,時間分解励起状態解析,二光子吸収断面積測定により,2,3-チエノ架橋ポルフィリンにおいて20π電子系の反芳香族性が分子全体の電子状態に大きな寄与を及ぼしており,それに対し3,4-チエノ架橋ポルフィリンでは24π電子系の反芳香族性は間に硫黄原子を挟むため寄与が小さく,18π電子系のポルフィリンと同様の性質を示すことがわかった.3,4-チエノ架橋ポルフィリンを参照化合物として用いることにより,2,3-チエノ架橋ポルフィリンにおける反芳香族性の寄与が浮き彫りとなり,エチレン架橋ポルフィリンやオルトフェニレン架橋ポルフィリンの特異な物性が反芳香族性の寄与に基づくものであることが明確になった.

ref. Y. Mitsushige, et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 16540.

[DOI: 10.1021/ja3082999]

リチウムイオン内包PCBM

リチウムイオンを内包した有機官能基化フラーレン誘導体を世界で初めて合成した.リチウムイオン内包フラーレンの初めての有機官能基化を行うにあたり,PCBM化を行った.PCBMを合成する際に活性種として系中で生成させているジアゾアルカンを単離し,それをリチウムイオン内包フラーレンに反応させることにより,目的の反応を進行させた.また,HPLCによる分離の際,電解質を添加した移動相を用いることにより目的の化合物 [Li+@PCBM][PF6–] を単離・精製することに成功した.もともとフラーレンは高い電子親和力をもつが,ケージ内にリチウムイオンを内包することにより,さらに電子親和力が高まった.リチウムイオン内包PCBMのLUMO準位は約–4.4 eVと見積もられた.低いLUMO準位をもつフラーレン誘導体を得たことで,相手のドナー材料の設計の範囲を拡げることにつながることが期待されるほか,有機薄膜からすみやかに電子を奪い取る有機電子捕集材料としての利用が考えられる.

ref. Y. Matsuo, et al., Org. Lett. 2012, 14, 3784.

[DOI: 10.1021/ol301671n]

低いLUMO準位をもつフラーレン誘導体

最近,ドナー材料の開発において,長波長の光を吸収する材料の開発が精力的に行われている.そのようなドナー材料は分子内に高いHOMO準位をもたらす電子豊富部位と低いLUMO準位をもたらす電子不足部位を有する.それによりバンドギャップが狭くなり,長波長光を吸収する.ただ単にバンドギャップを狭くするとHOMO準位が上がり,材料が酸化を受けやすくなり,不安定な材料になる.材料を安定化するために,HOMO準位もLUMO準位も両方下げる材料設計が行われる.すなわち,最新のドナー材料の研究が進むにつれ,ドナー材料のLUMO準位が低下する傾向があり,それに応じて低いLUMO準位をもつフラーレン誘導体も求められるようになってきた.

 我々は,安価な塩化第二鉄(FeCl3,トラック1台分というスケールでkg当たり40円)存在下,大気下室温でフラーレンと汎用的なカルボン酸を混合するといった簡便な操作で,フラーレニルエステル(C60(OCOAr)R)を大量取得する方法を見いだした.電子求引基であるエステル基の存在により,フラーレニルエステルは高い電子親和力を有し,C60と同程度のLUMO準位をもつ.C60は有機溶媒に対する溶解性が低いが,フラーレニルエステルは高い溶解性をもち,塗布プロセスに用いることができる.

ref. M. Hashiguchi, et al., Org. Lett. 2012, 14, 3276.

[DOI:10.1021/ol301186u]

 

低分子塗布型有機薄膜太陽電池への応用を指向した可溶性ポルフィリンドナーの開発

有機薄膜太陽電池(OPV)は軽量かつデザイン性の高い次世代の再生可能エネルギー源として期待される.特に溶液塗布法を用いたOPVは製造コストが低く,早期の実用化が望まれる.塗布型OPVに用いる有機半導体には,1)強い光吸収,2)高い安定性,3)十分な溶解性,4)強い分子間相互作用(高い電荷輸送能)といった特性が要求される.OPVの高効率化にはこれらを満たし,かつ容易にその構造・性質を調整できる機能性分子骨格の探求が必須である.我々はそのような骨格としてポルフィリンに注目した.ポルフィリンは自然界にも広く存在し,1),2)を満たすドナー性分子として知られている.しかし一般にポルフィリンのような平面π共役系分子にとって,3)と4)の両立は困難であり,塗布型OPVに応用された例は極めて少ない.我々は,ポルフィリンに溶解性と強い分子間相互作用を同時に持たせることを目指し,分子設計を行った.まず溶解性を確保するために,ポルフィリン骨格の5,15位に脂肪族置換基を導入した.ここではトリイソプロピルシリル(TIPS)エチニル基を選択した.次に長波長吸収と分子間相互作用の強化のため,共役系の拡張を狙って,10,20位に芳香族置換基を導入した.ここではアリールエチニル基を選択した.得られたポルフィリン分子は有機溶媒に十分な溶解性を示したため,ドナー材料として用いて塗布型OPV素子を作製した条件を最適化したところ, 2.5%の変換効率を得た.これは現在までに報告されているポルフィリンを用いた塗布型OPVでの最高値であり,今回の分子設計の正当性を実証している.

ref. J. Hatano, et al., J. Mater. Chem. 2012, 22, 19258.

[DOI: 10.1039/C2JM33956K]

フラーレン誘導体の酸化が有機薄膜太陽電池の劣化に及ぼす影響

有機太陽電池や有機EL素子,有機トランジスタに代表される有機エレクトロニクス分野の研究開発が活発に行われているが,用いられる有機材料は酸素等により酸化されやすいことがあり,材料の酸化による素子の劣化が実用化への課題の一つになっている.劣化後の素子観察結果や酸化材料の特性変化のシミュレーション結果の報告の例はあるが,予め酸化した材料を素子に適用した報告例は無い.本研究では,n型材料のシリルメチルフラーレン誘導体SIMEFを用い,酸化が進行する条件や生成物の物性や構造等を明らかにするとともに,酸化させたフラーレン誘導体を実際にバルクヘテロ接合型有機太陽電池に添加した際の素子性能への影響を調べた.

 SIMEFの酸化体SIMEF-O2は大気下で溶媒に溶かしたSIMEFに光照射を行うことにより合成した.この酸化体を単離し,単結晶構造解析により構造を決定した.その結果,SIMEF-O2はジケトン構造をもつ穴あきフラーレンであることがわかった.また,電気化学測定により,SIMEF-O2のLUMO準位はSIMEFより下がることがわかった.

 次に,ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)をドナー材料としたバルクヘテロジャンクション型有機太陽電池を作製した.ドナーとアクセプターの混合比率は重量比で1:1に固定して,アクセプターとしてのSIMEFにSIMEF-O2を種々の比率で添加した.アクセプターとしてSIMEF-O2を1wt%添加しただけで変換効率が大きく低下した.SIMEFより低いLUMO準位をもつSIMEF-O2が有機発電層で電子トラップの働きをしたと考えられる.また,10wt%のSIMEF-O2を加えた場合には,大きなモルフォロジー変化が生じることがわかった.P3HTのπスタック構造が減少し,ドナー・アクセプターのナノ相分離が不十分となり,大きな発電効率の減少を招いた.

 以上の結果から,酸化体の合成・単離および有機太陽電池への添加により,2段階の素子劣化機構を示すことができた.酸化体が少量のときは酸化体が電子トラップを形成し,その量が多くなるとモルフォロジー変化を伴って電荷分離や電荷輸送面において不利に働くことがわかった.

ref. Y. Matsuo, et al., Chem. Commun. 2012, 48, 3878-3880.

[DOI: 10.1039/C2CC30262D]

有機低分子材料における長波長光吸収設計

ごく最近,有機薄膜太陽電池に用いるドナー材料として,電子供与(高HOMO)部位と電子受容(低LUMO)部位をポリマー主鎖内にもったローバンドギャップ共役系高分子が高い太陽電池特性に寄与することがわかってきており,世界中で活発な研究が行われている.電子供与部位から電子受容部位への電荷移動吸収に基づく長波長光吸収が,その鍵である.低分子材料においても同様な分子設計が可能なはずであり,安定なローバンドギャップ低分子材料の構築が実現できれば,有機薄膜太陽電池の高効率化と高寿命化に貢献できると考えられる.

 テトラセンに電子受容部位としてジイミド部位を,電子供与部位としてジスルフィド部位を導入した共役系多環芳香族化合物を合成した.もともとドナーであるテトラセンにジイミド部位を導入すると670 nmまでの光吸収が可能になり,さらにジスルフィド部位を導入すると830 nmまでの長波長光吸収が可能になった.また重要なことに,ジイミド部位,ジスルフィド部位を導入していくにつれ,安定性が増していくことがわかった.バンドギャップは狭まるが,テトラセンの酸化を受けやすい部位の水素原子が炭素原子や硫黄原子に置き換わるからである.

 得られたテトラセンジイミドジスルフィドは真空蒸着が可能な青色の固体である.有機薄膜太陽電池への応用において,ドナーにもアクセプターにもなることがわかった.すなわち,n型材料であるフラーレンC60を相手にテトラセンジイミドジスルフィドをp型材料として、またp型材料であるテトラベンゾポルフィリンを相手にテトラセンジイミドジスルフィドをn型材料として用いることができる.

ref. T. Okamoto, et al., Chem. Asian J. 2012, 7, 105-111.

[DOI: 10.1002/asia.201100590]

光電情報変換素子

  フォトダイオードは,光を受けて電気的な信号を出す素子である.半導体でつくられ,光検出器やカメラなどに用いられる.電極に固定したフラーレン 分子は,光を受けると電極との間で電子の授受を起こし,いわば分子フォトダイオードとしてはたらく.例えばフラーレンに電極に固定するためのカルボン酸を 取り付け,ITO電極に吸着させ,光電流発生素子をつくることができる.フラーレンは電子アクセプターであるので,外部にアスコルビン酸(ビタミンC)な どのドナーを存在させておくことにより,光励起されたフラーレンが還元され,ラジカルアニオンが生成する.その電荷はITOに捕集され,分子からITO電 極へのアノード電流が流れる.一方,フラーレンに鉄原子を1つドープする(フラーレン鉄錯体を形成させる)と,その光電子機能が変化する.光励起される と,鉄原子からフラーレンへの分子内電子移動が起こり,鉄のラジカルカチオンとフラーレンのラジカルアニオンが発生する.鉄原子を下にフラーレンを上に向 けて配向を整えて分子をITOに乗せると,鉄原子がITOから電子を受け取り,フラーレン部位が外部のビオロゲンなどのアクセプターに電子を渡し,ITO からフラーレン鉄錯体の向きに,カソード電流が流れる.

 

   電流を流す向きが逆で,光の吸収波長が異なる二種類の分子フォロダイオードを組み合わせることにより,フォトスイッチング素子を構築することができる.C60とC70は光吸収特性が異なり,C70のほうがより大きなπ電子共役系を反映 して,より長波長の光を吸収することができる.光アノード電流を発生するC60誘導体と光カソード電流を発生するC70鉄錯体を共に用いてITO上に混合 自己組織化単分子膜を構築し,アスコルビン酸とビオロゲンが両方を共存させ,短波長光励起によるアノード電流と長波長光励起によるカソード電流を発生する スイッチング光電流発生素子を作製した.C60誘導体とC70鉄錯体を2:1の比で用い,短波長光励起(340 nm)では両方が光電流を発生するがC60誘導体のアノード電流が上回り,トータルとしてアノード電流が観測される.長波長光励起(490 nm)ではC70鉄錯体のみが励起され,カソード電流を発生する.

 

   通常,となり合った光励起された分子フォトダイオードがクロストークに よりお互いをクエンチすることが問題となる.またランダムに多層で積み重なったフラーレン膜は,横方向でのキャリアの移動を起こすことが知られている.本 素子では分子の精密設計により,それらの問題がクリアされている.すなわち,円錐状に広がった足により,フラーレンどうしの接触が回避されクロストークが 大きく軽減されると同時に,縦方向へのキャリア移動を高効率化している.

 

   本系のインプットは2種類の光情報(短波長光,長波長光)であ り,アウトプットは2種類の電気的な情報(アノード電流,カソード電流)である.2種類の光情報を2種類の電気情報へ変換する分子レベルのインターフェー スとしての活用が考えられ,光コンピューティングの実現へ向けて新たなコンセプトを提供している.

フォトダイオードは,光を受けて電気的な信号を出す素子である.半導体でつくられ,光検出器やカメラなどに用いられる.電極に固定したフラーレン 分子は,光を受けると電極との間で電子の授受を起こし,いわば分子フォトダイオードとしてはたらく.例えばフラーレンに電極に固定するためのカルボン酸を 取り付け,ITO電極に吸着させ,光電流発生素子をつくることができる.フラーレンは電子アクセプターであるので,外部にアスコルビン酸(ビタミンC)な どのドナーを存在させておくことにより,光励起されたフラーレンが還元され,ラジカルアニオンが生成する.その電荷はITOに捕集され,分子からITO電 極へのアノード電流が流れる.一方,フラーレンに鉄原子を1つドープする(フラーレン鉄錯体を形成させる)と,その光電子機能が変化する.光励起される と,鉄原子からフラーレンへの分子内電子移動が起こり,鉄のラジカルカチオンとフラーレンのラジカルアニオンが発生する.鉄原子を下にフラーレンを上に向 けて配向を整えて分子をITOに乗せると,鉄原子がITOから電子を受け取り,フラーレン部位が外部のビオロゲンなどのアクセプターに電子を渡し,ITO からフラーレン鉄錯体の向きに,カソード電流が流れる.

電流を流す向きが逆で,光の吸収波長が異なる二種類の分子フォロダイオードを組み合わせることにより,フォトスイッチング素子を構築することができる.C60とC70は光吸収特性が異なり,C70のほうがより大きなπ電子共役系を反映 して,より長波長の光を吸収することができる.光アノード電流を発生するC60誘導体と光カソード電流を発生するC70鉄錯体を共に用いてITO上に混合 自己組織化単分子膜を構築し,アスコルビン酸とビオロゲンが両方を共存させ,短波長光励起によるアノード電流と長波長光励起によるカソード電流を発生する スイッチング光電流発生素子を作製した.C60誘導体とC70鉄錯体を2:1の比で用い,短波長光励起(340 nm)では両方が光電流を発生するがC60誘導体のアノード電流が上回り,トータルとしてアノード電流が観測される.長波長光励起(490 nm)ではC70鉄錯体のみが励起され,カソード電流を発生する.

通常,となり合った光励起された分子フォトダイオードがクロストークに よりお互いをクエンチすることが問題となる.またランダムに多層で積み重なったフラーレン膜は,横方向でのキャリアの移動を起こすことが知られている.本 素子では分子の精密設計により,それらの問題がクリアされている.すなわち,円錐状に広がった足により,フラーレンどうしの接触が回避されクロストークが 大きく軽減されると同時に,縦方向へのキャリア移動を高効率化している.

本系のインプットは2種類の光情報(短波長光,長波長光)であ り,アウトプットは2種類の電気的な情報(アノード電流,カソード電流)である.2種類の光情報を2種類の電気情報へ変換する分子レベルのインターフェー スとしての活用が考えられ,光コンピューティングの実現へ向けて新たなコンセプトを提供している.

ref. Y. Matsuo, et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 9932-9937.

[DOI: 10.1021/ja203224d]

有機薄膜太陽電池用アクセプター材料のための新コンセプト

有機薄膜太陽電池のアクセプター材料としてフラーレン誘導体が用いられている.フラーレンC60そのものでは,電子親和力が高すぎて,電圧を高くとれない.高い電圧を得るため,フラーレンのπ電子共役系を縮小して,電子親和力を落とす必要がある.しかし,電子親和力を落としすぎると電子を受け取らなくなり,電池として働かなくなるので,ほどよい電子親和力にする必要がある.現在良く用いられているPCBMと呼ばれるアクセプターは,フラーレンの二重結合を1つ減らした58π電子共役系である.ごく最近,二重結合をもう1つ減らした56π電子共役系のフラーレンが高い電圧を与え,有機薄膜太陽電池の高効率化に大きく寄与することがわかってきた.

 

   化学修飾により2箇所の二重結合をなくすと,それだけ有機基の立体的な割合が増えてしまう.これを避けるため,最小の炭素付加基であるジヒドロメタノ基(CH2, メチレン基)に着目した.ジヒドロメタノフラーレンC61H2は以前から知られた化合物であったが,高効率に合成する手段がなく,目的のC61H2以外にも,原料のC60,多付加体の混合物になってしまう.メチレン基が付加したフラーレン誘導体は極性がほとんどないためシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することは困難で,また立体的にもほとんど大きさが変わらないのでサイズ排除クロマトグラフィーで分離することもできなかった.したがって,これまでC61H2の純品を得ることはほとんど不可能であった.

 

   高収率で得られ,精製も可能なシリルメチル付加体C60(CH2SiMe2OiPr)Hから,定量的収率でジヒドロメタノフラーレンC61H2を得る反応を開発した.塩基により脱プロトンを行い,生成するフラーレンアニオンを二価の銅で酸化し,フラーレンカチオン(γシリルカチオン)を発生させる.メチレン基の電子のフラーレンへの流れ込みとクロライドイオンのケイ素原子への攻撃が同時に協奏的に起こり,C61H2を与える.

 

   58π電子共役系のフラーレン誘導体を原料にして用いて本反応を行い,立体的な負荷が小さいメチレン基をもつ56π電子共役系を得た.このようにして得られる56π電子共役系ジヒドロメタノフラーレン誘導体は,実際に高い電圧を示しながらも,小さな付加基のおかげで電流の低下をほとんど起こさないことがわかった.最小の付加基(CH2)でπ電子共役系を縮小するというコンセプトは,有機薄膜太陽電池のアクセプター材料の高性能化に寄与し,高い変換効率につながると期待できる.

有機薄膜太陽電池のアクセプター材料としてフラーレン誘導体が用いられている.フラーレンC60そのものでは,電子親和力が高すぎて,電圧を高くとれない.高い電圧を得るため,フラーレンのπ電子共役系を縮小して,電子親和力を落とす必要がある.しかし,電子親和力を落としすぎると電子を受け取らなくなり,電池として働かなくなるので,ほどよい電子親和力にする必要がある.現在良く用いられているPCBMと呼ばれるアクセプターは,フラーレンの二重結合を1つ減らした58π電子共役系である.ごく最近,二重結合をもう1つ減らした56π電子共役系のフラーレンが高い電圧を与え,有機薄膜太陽電池の高効率化に大きく寄与することがわかってきた.

化学修飾により2箇所の二重結合をなくすと,それだけ有機基の立体的な割合が増えてしまう.これを避けるため,最小の炭素付加基であるジヒドロメタノ基(CH2, メチレン基)に着目した.ジヒドロメタノフラーレンC61H2は以前から知られた化合物であったが,高効率に合成する手段がなく,目的のC61H2以外にも,原料のC60,多付加体の混合物になってしまう.メチレン基が付加したフラーレン誘導体は極性がほとんどないためシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することは困難で,また立体的にもほとんど大きさが変わらないのでサイズ排除クロマトグラフィーで分離することもできなかった.したがって,これまでC61H2の純品を得ることはほとんど不可能であった.

高収率で得られ,精製も可能なシリルメチル付加体C60(CH2SiMe2OiPr)Hから,定量的収率でジヒドロメタノフラーレンC61H2を得る反応を開発した.塩基により脱プロトンを行い,生成するフラーレンアニオンを二価の銅で酸化し,フラーレンカチオン(γシリルカチオン)を発生させる.メチレン基の電子のフラーレンへの流れ込みとクロライドイオンのケイ素原子への攻撃が同時に協奏的に起こり,C61H2を与える.

58π電子共役系のフラーレン誘導体を原料にして用いて本反応を行い,立体的な負荷が小さいメチレン基をもつ56π電子共役系を得た.このようにして得られる56π電子共役系ジヒドロメタノフラーレン誘導体は,実際に高い電圧を示しながらも,小さな付加基のおかげで電流の低下をほとんど起こさないことがわかった.最小の付加基(CH2)でπ電子共役系を縮小するというコンセプトは,有機薄膜太陽電池のアクセプター材料の高性能化に寄与し,高い変換効率につながると期待できる.

ref. Y. Zhang, et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 8086-8089.

[DOI: 10.1021/ja201267t]

新しい4芳香族化合物

π電子が原子核の束縛から解放されて非局在化する傾向を,芳香族性という.π電子の数が4n + 2(n = 0, 1, 2, …;ヒュッケル則)を満たす共役系にみられ,多くは環構造をもつ.6員環構造をもち6個のπ電子をもつベンゼンが代表例である.4員環構造をもつ化合物の場合,π電子を2つ取り去りジカチオンの2π電子共役系とするか,2つ加えてジアニオンの6π電子共役系にすることが通常である.1つの金属原子の空のd電子軌道と3つの硫黄原子(またはセレン原子)の孤立電子対を用いて,新しい中性4員環芳香族化合物を構築した.この共役系が平面であること,NMR測定において磁気遮蔽効果がみられたこと,理論計算で算出したNICS値,そして実際にこの4員環化合物が選択的に生成する事実から,この4員環が芳香族性をもつことが結論づけられた.

ref. M. Maruyama, et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 6890-6893.

[DOI: 10.1021/ja111474v]

近赤外光を吸収するフラーレン遷移金属錯体

電子供与体と電子受容体が連結した分子は,狭いHOMO-LUMOギャップをもち,電荷輸送材料,長波長光吸収材料,非線形光学材料としての応用に興味が持たれ,注目されている.本研究では,電子受容体であるフラーレンとコバルタジチオレン,電子供与体であるテトラチアフルバレンの3つの機能分子を縮合した分子を設計・合成し,構造,光物性,光学特性を調べる研究を行った.それぞれのπ電子共役系が連結されたこの分子が,近赤外光の吸収(1,100 nm),6電子が絡むレドックスを示す光・電子機能分子であることを明らかにした.また,分子内において,光励起された箇所が段階的に非局在化して緩和されていく過程を,初めて観測することに成功した.また,分子としては高い3次の非線形光学特性を示すことを明らかにした.このような光・電子機能分子は,新しい概念を基盤とする光電変換素子の構築に有用である.

ref. Y. Matsuo, et al., J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 12643.

[DOI: 10.1021/ja902312q]

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